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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10299号 判決 1997年7月28日

原告

濱田和子

右訴訟代理人弁護士

熊谷秀紀

若江健雄

被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

櫻井孝頴

右訴訟代理人弁護士

山近道宣

矢作健太郎

内田智

中村敏夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、四〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、二〇〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、生命保険契約における保険金受取人である原告が、保険者である被告に対し、主位的に被保険者の死亡による保険金の支払を求め、予備的に被告会社の生命保険募集人に不法行為があったと主張して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  訴外亡濱田公美(以下「公美」という。)は、平成四年一二月一日、被告との間で、次の内容の生命保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 保険契約者及び被保険者

公美

(二) 保険者 被告

(三) 保険金受取人 原告

(四) 死亡保険金

主契約    三〇〇万円

定期保険特約 三七〇〇万円

2  公美は、平成五年九月一六日、死亡した。

3  被告は、平成五年一一月二七日到達の書面で、公美の相続人である原告、濱田高生、濱田真理及び濱田哲に対し、告知義務違反を理由として本件契約を解除する旨の意思表示をした(乙三、四)。

二  争点

1  公美に告知義務違反があったか否か(被告の抗弁)。

(被告の主張)

(一) 公美は、平成四年四月八日、むかつきと胃部不快を訴えて、財団法人癌研究会附属病院(以下「癌研病院」という。)で初診を受け、同年五月二日、同病院の大橋計彦医師(以下「大橋医師」という。)の診察を受けた。大橋医師は、そのころ、公美を肝硬変であると診断し、公美に対し、その旨を告げた。その後も、公美は、本件契約の保険診査に至るまで、同病院にほぼ毎月通院して診察治療を受けた。

(二) 公美は、平成四年一一月一一日、本件契約の締結に際し、鈴木重弘医師(以下「鈴木医師」という。)による保険診査を受けたが、その際、自らの健康状態について異常がない旨答え、前記(一)の事実を告知しなかった。

(原告の主張)

公美に告知義務違反があったとの主張は争う。公美は、用心のために大橋医師の診察を受けていたにすぎず、大橋医師からも肝硬変である旨を告げられていなかった。公美は、本件契約の保険診査当時、肝臓の病気であるという認識がなかったのであるから、そのことを告げなかったとしても告知義務違反とはならない。

2  被告会社の生命保険募集人に不法行為が成立するか否か(原告の予備的請求原因)。

(原告の主張)

(一) 公美は、平成二年四月一日、訴外明治生命保険相互会社との間で、被保険者を公美、保険金受取人を原告、死亡保険金を二〇〇〇万円とする生命保険契約を締結した。

(二) 被告会社の生命保険募集人である訴外藤井美千子(以下「藤井」という。)は、前記(一)の契約の内容について熟知していた。このような場合、生命保険募集人としては、保険契約者に対し、既存の保険契約を解約して新たな保険契約を締結する場合には、既存の契約を継続する場合に比べ、告知義務違反のリスクが生ずることを説明し、保険金の増額を希望するならば、既存の契約は残して増額分についてのみ新規契約を締結する等の方法を勧めるべきである(平成七年法律第一〇五号による廃止前の保険募集の取締に関する法律一六条一項五号参照)。

しかるに、藤井は、右の義務に違反し、公美の無知を利用し、同人に前記(一)の契約を解約せしめ、本件契約を締結せしめた。そのため、前記(一)の契約における保険金受取人である原告にその死亡保険金相当額二〇〇〇万円の損害を与えたものである。

(三) よって、原告は、被告に対し、右保険募集の取締に関する法律一一条一項に基づき、損害賠償金二〇〇〇万円の支払を求める。

(被告の主張)

原告の予備的請求は、第一一回口頭弁論期日において初めてなされたものであり、請求の基礎に変更をきたし、かつ、著しく訴訟手続を遅滞せしめる訴えの追加的変更に当たるから、不適法である。

仮に適法であるとしても、公美の方から藤井に対して、本件契約に入りたいと言ってきたものであり、藤井は、公美に対し、既存の保険契約の解約を勧めたことはない。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲七、八、一二、一三、一六、乙五ないし九、一七、証人仙庭、同大橋、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  公美(昭和二四年六月三〇日生まれ)は、二六歳ころ、B型慢性肝炎に罹患し、東京慈恵会医科大学付属病院に約二か月間入院して治療を受けたことがあり、その後も昭和六二年四月ころまで同病院において年に一回程度血液検査を受けていた。

2  公美は、勤務先会社の検診で瀑状胃と指摘されたため、平成四年四月八日、当時公美の兄濱田文良(以下「文良」という。)が胃癌で入院していた癌研病院で武本医師の診察を受けた。武本医師は、公美に対し、胃のレントゲン撮影及び血液検査を行った。

また、公美は、同日、文良の友人で同病院のレントゲン技師であった池島豊(以下「池島」という。)に対し、以前に肝臓をわずらったことがある旨話したところ、池島は、公美に対し、同病院の大橋医師を紹介した。

3  公美は、同年五月二日、大橋医師の診察を受けた。大橋医師は、同年四月八日に行われた前記血液検査の結果、GOTが五〇、GPTが五九とやや高い値を示したこと、TTTが二〇、ZTTが二二、αFP(肝細胞癌の腫瘍マーカー)が45.3といずれも異常値を示したこと、HBs(B型肝炎の抗原)が陽性であったことなどから、公美を肝硬変であると診断した。また、大橋医師は、肝臓癌の発生を疑い、公美に対し、超音波検査を行なったが、右検査によっては癌の発見に至らず、癌の有無について更に詳しく調べるため、同月一三日にCT検査をするよう予約を取った。さらに、大橋医師は、公美に対し、三か月ごとに血液検査を受けるよう指示するとともに、グリチロン及びプロヘパール(以下併せて「肝庇護剤」という。)二八日分を投薬した。

4  公美は、同年五月一三日、癌研病院でCT検査を受け、同年六月二六日、大橋医師の診察を受けた。大橋医師は、公美に対し、右CT検査の結果について、脾臓が大きくなっているが、今のところ肝臓癌は見つかっていない旨話した。また、大橋医師は、同日、公美に対し、肝庇護剤二八日分を投薬するとともに、血液検査を行なった。

5  公美は、同年七月三一日、大橋医師の診察を受けた。大橋医師は、公美に対し、前回の血液検査の結果を話し、三か月後にもう一度血液検査を受けるよう指示するとともに、肝庇護剤二八日分を投薬した。

6  その後、公美は、同年八月二九日と同年一〇月一九日にも癌研病院に通院したが、そのいずれの際にも、大橋医師の診察を受けず、池島を通じて、肝庇護剤二八日分の投薬のみを受けた。

7  公美は、同年一〇月二九日、被告に対し、本件契約の申込みを行い、同年一一月一一日、鈴木医師による保険診査を受けたが、その際、公美は、鈴木医師からの以下の各質問に対し、いずれも「いいえ」と回答した。

(一) 最近の健康状態

最近一週間以内で、からだにぐあいの悪いところがありますか。

(二) 同

最近三か月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。

また、その結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか。

(三) 過去五年以内の健康状態

過去五年以内に、病気やけがで、七日間以上にわたり、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。

(四) 過去二年以内の健康診断

過去二年以内に健康診断・人間ドックをうけて、次に掲げる臓器又は検査の異常(要再検査・要精密検査・要治療を含みます。)を指摘されたことがありますか。

心臓・肺・胃腸・肝臓・腎臓・すい臓・胆のう・子宮・乳房・血圧測定・尿検査・血液検査・眼底検査

8  公美は、平成五年四月二九日、腸閉塞のため横浜南共済病院に入院し、同年五月二〇日、同病院を退院したが、同病院での検査結果から肝臓に腫瘤があることが認められた。その後、公美は、同月二四日、癌研病院を受診し、同年六月一一日、同病院に入院し、同年七月一六日にはいったん退院したが、同年九月三日、再び同病院に入院し、同月一六日、同病院において、肝細胞癌を原因とする肝不全により死亡した。

二  なお、原告は、癌研病院の診療録(乙九)には大橋医師が公美に対し肝硬変であることを告げた旨の明確な記載がないことなどから、大橋医師は公美に対し肝硬変であることを告げていなかった旨主張する。

しかしながら、証拠(乙九、証人大橋)によれば、大橋医師は平成四年五月二日の時点で既に公美を肝硬変であると診断していたこと、同月一三日に行われたCT検査では脾臓が大きくなるという肝硬変特有の所見が見られたこと、肝硬変は肝臓癌に移行する危険性が高い病気であり、肝臓癌の早期診断のためには、患者自身が肝硬変であることを自覚して定期的に通院し、検査を受ける必要があること、そのため、大橋医師は、肝硬変であると診断した患者に対しては、ほとんどの場合明確に病名を告知してきたこと、大橋医師が公美に対し肝硬変である旨を告知しない特段の理由がなかったことなどの事実が認められ、これらの事実に前記一で認定した事実を併せて考えると、大橋医師は、遅くとも同年六月二六日には、公美に対し、肝硬変である旨を告げていたものと認められる。

三  争点1(告知義務違反の有無)について

1 前記一及び二で認定した事実によれば、公美は、本件契約締結の健康上の相当性に対する保険診査の日である平成四年一一月一一日当時、既に自らが肝硬変であり、その治療、検査及び投薬を受けている途中にあることを認識していたものといわざるを得ない。

そうすると、公美が、鈴木医師から前記の各質問を受けながら、あえていずれの質問に対しても「いいえ」と回答し、肝硬変に罹患していた事実並びにその治療、検査及び投薬を受けていた事実を告知しなかったことは、証拠(乙一)により認められる本件契約約款一七条、一八条又は商法六七八条一項本文にいう被保険者が悪意又は重大な過失によって重要な事実を告げず又は重要な事項について不実のことを告げた場合に該当するものと認められる。

2 以上によれば、本件契約が告知義務違反を理由とする解除により終了した旨の被告の抗弁は、理由がある。

四  争点2(生命保険募集人の不法行為の成否)について

1  原告の予備的請求は、主位的請求との間に請求の基礎の同一性が存するかどうかについて疑義があるところであるが、両請求は、請求の背景をなす事実関係に共通するところもあり、請求の基礎に変更をきたすものであると直ちに断じ去ることはできず、また、著しく訴訟手続を遅滞せしめるものとまでいうこともできない。

2  そこで、右予備的請求について判断するに、原告は、被告の生命保険募集人である藤井が、公美をして、同人が訴外明治生命保険相互会社との間で締結していた生命保険契約を解約せしめ、本件契約を締結せしめたことが不法行為に当たる旨主張するが、公美が既存の契約を解約して本件契約を締結したことが藤井の違法な勧誘行為によるものであることを基礎づける具体的事実については、原告は、何らこれを主張しないし、本件全証拠によっても、藤井にそのような違法な勧誘行為があったことを認めることはできない。

3  したがって、原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官雛形要松 裁判官永野圧彦 裁判官鎌野真敬)

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